2010年 04月 09日
小石川植物園 陽のあたる場所。
 この植物園のことを思い浮かべると、いつもしん、とした気持になる。

 門を入ってすぐの坂を上がって歩いていく。

 おとなふたりで手をつないでも抱えきれないくらい太い幹の木が立ち並び、その下には花が咲き苔が生える。

 あったかくなった日、若葉がいっせいに茂りだした日、雨がしとしと降る日、蝉が合唱する日、葉っぱが色づいた日、きゅんとした冷たい空気の晴れた日。いつでも、この植物園はしんとして、強烈なあるいは弱々しい光を浴びてたたずんでいる。

 ここは陽のあたる場所だ。

 だから、ここに行くときは、気分のいい日にしたい。

 誰かと行くなら、大事なパートナーとか、久しぶりに会っても気兼ねなく話し合える友とか、家族といった親密な人たちと行きたい。彼らと、あまりしゃべらずにゆっくり歩きたい。

 ぼくたちは、足で踏みしめる土や草や葉っぱの音を聞き取る。大きな木の幹や芝生の草の感触に気づく。隣にいる人の声や木漏れ日、そんな断片が積み重なっていく。

 この植物園では、自分が感じとる物事が、すべて手触りのはっきりとしたとても親密なものに生まれ変わる。

 ぐるりと歩いてから座る芝生では、色々な風景が一度に目に入ってくる。

 目の前に広がる池と洋館、背後の鬱蒼とした木立、隣の梅林、塀のすぐ外に並ぶ町工場、遠くにそびえる高層ビル、そして空。

 ここは箱庭だ。東京の中に作られた小さな箱庭。塀に囲まれたここだけ、自然が自由に繁茂する場所。

 いつでも、陽があたって、自然が、その時々にしか見せないありさまを見せ続ける場所。ぼくたちはそんな場所が醸しだす空気に包まれ、身をゆだねる。

 箱庭から戻ってきて、時間が経つにつれ、植物園で見て、触れてきた物事の断片が、ぼくたちのどこか奥の方にそっと積み重なっていく。苔に光が当たった様子や、木々の間を通り抜ける風の音。深海の底にプランクトンの死骸が降り積もってゆくように、ゆっくりと。

 やがてしんとした空気の中、木々の枝や花びら、葉がスローモーションで動き出す。彼らは静かに集まり波打つように連なって、うねりだしてゆく。

 彼らの息遣いを浴びて、ぼくの内側で少しずつ変化がはじまってゆく。彼らの出す単調で途切れのない音は通奏低音として、あたりを覆い、ぼくはいつしかその波に身をゆだねる。どこからかささやくようなくぐもった声が、きこえてくる。その声の意味をきき取ろうとぼくはする。でも、いつももう少しのところで、霧の粒子が集まるように、そっと、もやがかかってきて、声はぼんやりとした輪郭しか見せぬまま、その中へ溶け込んでいってしまう。

 そしてぼくは気付く。彼らは、すべてがあたたかく結びつきあっていた、あの薄暗い場所の記憶を持つ、ぼくたちのことを待ち続けていることを。

 陽のあたる場所にあるものは、いつも、すべて、やさしい。

 ♣♣♣

小石川植物園(こいしかわしょくぶつえん)
*所在地:文京区白山3−7−1 TEL03-3814-0138
*開園時間:9:00〜16:30(入園は16:00まで)
*休園日:月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日が休園日)、12月29日〜1月3日
*入園料:大人(中学生以上)330円、小人(6歳以上)110円 (団体割引あり)*みどりの日は入園無料
*アクセス:東京メトロ丸ノ内線 茗荷谷駅下車 徒歩約15分/都営地下鉄三田線 白山駅下車 徒歩約10分/都営バス(上60)大塚駅〜上野公園線 白山2丁目下車 徒歩約3分 

ミシュラン(☆3つが最高)
*ひとり: ☆☆  谷根千地域や本郷も徒歩圏内。そんな園内で精子が発見されたイチョウの木を見たりするのは、いい湯加減です。
*ふたり: ☆☆☆ 落ち葉重なる時期に、大きな木がたちならぶ園内を、さわさわと歩く。ここでしか味わえない時間が過ごせます。
*おおぜい:☆☆☆ 木々の葉がきゅっと磨き上げたみたいな若緑色になった日、家族で緑地帯のある坂道を降りて行くのも最高です。
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by na2on | 2010-04-09 03:04 | 公園案内。


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