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2011年 06月 29日
陽のあたる場所
たとえばながい冬があり
さくらさく、はるがきて

たとえばきみの声きいて
伸ばすその手を握りしめ

そうだぼくは知っている

みどり目に染む草いきれ
落ち葉のうえをあるく音

きみが生まれた時のこと
ぼくが生まれる前のこと

ぼくはずっと知っていた

ゆるやかに時間はめぐり
さくらさく、はるがきて

きみのからだうけとめて
鼓動を今、たしかめる。

♣♣♣

 今、ぼくは「nico」という雑誌で、公園をテーマにした詩を連載しています。

 連載の内容は、23区内の公園を取り上げて、写真と詩で紹介するというもの。カメラマンが撮ってきた写真にあわせて、その公園のイメージで詩を書いています。

 夕暮れ時、花咲く季節、雨降りの午後……。それぞれの場所や時間、芝生で寝転んだり、木立の中を歩いたりしながら、かつてぼくは感じた、さまざまな思いや、心のありよう。風景と心の動きが渾然としたひとときを作り出そう、というのが、ぼくのコンセプトです。ぼくなりの「東京」を描きたい、という思いもあります。

 さまざまな姿を見せ、さまざまなうけとめ方をしてくれる。そして、行きたいと思ったときにすぐに行ける、自然への入口、それがぼくにとっての公園です。

 ところが、3月11日以降、東京の公園は、決して気軽に行けるような場所ではなくなってしまいました。福島第一原発から出てくる放射性物質は、土や草の上にふりそそぎ、今までみたいに、草の上をごろごろ転がったり、子どもの土いじりを容認することもできなくなりました。

 かつてひとりで公園に訪れていたぼくも、いつしか、子どもを持つようになっていました。自分の子らが泥だらけになり、びしょぬれになって遊べる場となった公園は、かつてとは異なる現実的なありがたみをもって、ぼくの前に存在していました。

 でも、今、ぼくは、子どもたちを公園に気軽に連れて行けません。雨も降らず、北からの風も吹いていない日におそるおそる連れて出るくらい。水も土も触らせないようにしています。

 そんな日々が続く中、ぼくは、公園を紹介する連載を続けて行こうと思います。今までどおりに、淡々と。
 もしかしたら何かしら変えた方がいいかもしれません。自分が危険だと思っているのなら、そのことを知らしめたり、少なくとも、公園の紹介をやめるべき、という考えもあるかもしれない。

 でも、ぼくは、公園を紹介し続けて行こうと思います。

 公園は、ぼくの大好きな場所であることに変わりないからです。だから、ぼくは、ぼくが感じる、そのいちばん素敵な部分だけを描き出したい。そして、読む人たちが、素敵なひとときの空想をしてもらえたら、すごく嬉しい。

 現実世界で、いつか、公園で、子どもたちと一緒に、心から笑える日が来るだろうか、東京の、あるいは全国の子どもたちが、公園で笑える日が来るだろうか。

 ぼくには、まだ分かりません。でも、戻すため、そして守るための動きを、続けて行こうと思います。その上でファンタジーをぼくは書き続けます。

 陽のあたる場所で、大切な人を全身で受け止めるために。
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by na2on | 2011-06-29 00:59 | 連載「公園の風景」